石原奈津子のきまぐれエッセイ

世界の子ども 地球の子ども

現地在住の日本人も同じことを言っていましたが、
ここ数年、プノンペンは生活格差。経済格差が広がっているとのこと。

 

以前訪問した際は、トレサップ川沿いの観光スポットには物乞いを

する幼い子どもたちで溢れていました。

 

オープンカフェで食事をしていると食事もゆっくりと出来ない程

子どもたちが物売りをしに来たり、

食べ物をくれと手を伸ばす子どもたちが集まって来ていたのに、

今回は半年前と比べても殆どそのような場面には遭遇しません。

 

プノンペン市内から車で2、3時間の場所にあったシェムリアップの

ゴミ処理場も移転してしまい、以前のように見学も取材もできない環境に

なっているとも聞きました。

現実に起こっていることが、自分たちの目で見たり感じることができない状況は、

決して良いこととは言えないはずです。

 

物乞いをしていた子どもたちが物乞いをせずに、満足できる衣食住の環境

の中で過ごしているのか。

それすら以前会った子どもたちの「今」を把握することはできません。

 

しかし残念ながら、市外では裸足や裸で生活する子どもや幼い子どもが

赤ん坊を布地でくるみ抱きかかえながらゴミを拾っている姿などを目にします。

 

そして同時に以前にも増して多く見かけるのは、

高級4RV車に乗り、LUCKYスーパーで高級食材を買い物し、

アイスクリームを頬張るまるで中年太りのような体型の子どもたちの姿です。

 

この街にいる、ここ数年間で顕著になった

子どもたちのその生活と体型の「差」に驚かされます。

(それは同時に私たち大人の反映でもあると思うのですが。。。)

 

どちらの子どもたちのほうが幸せかどうかなんて浅はかな問いを、

今はするべき時ではないと思いますが、

どちらも全く違う課題を抱えているよう思います。

 

全く違う課題を同じ地球上に生きる者同士として少しでもより良い方向に

進むためには、それぞれの子どもたちが、“自分自身で生きる術”を、

身につけるようにサポートしていくことが

私たち大人たちができることのような気がしています。

 

それぞれの環境にある子どもたちも、また大人たちも、

自分が幸福と感じ、

相手を思いやり、

自然を愛し、

生きる意味を見出すための

「教育」を受ける機会を得ること。

学び感じた喜びを、自分以外の誰かと分かち合えること。

それこそが今、私たちも含めこの地球上で生きる者同士が最も大切に

すべき事ではないかと思うのです。

 

「教育」。

それは、個々が「気づき」「導き」「分かち合う」ための“術(すべ)”を

身につけるものです。

 

私たちは、食に関する「教育」の場を作り続けます。

そして、食を通して、心分かち合うこと。食を分かち合うこと。

自然の偉大さを分かち合うこと。命の尊さを分かちあうこと。

それらを伝えつづけるために、

私たちも学び続けていきます。

 

自分の未熟さと微力さを感じつつ、

あきらめずに信念と使命を貫こうと思う

「今日」

を、過ごしています。

プノンペン市内の交差点で信号で止まる車をまわり、新聞を売っている幼い子ども