海外に出かければ当然のことだが、その国の食事をいただくことになる。
日本にいるときは添加物を極力使用しない食品や国産の食材などと言っては、
自分が口にする食を選べる機会があるけれど
海外に出ればいちいちそんなふうに食材を選んでいられないし、
食するものに神経を尖らせていたら旅そのものを楽しむことなど出来ないのである。
ましてや旅の途中で出会ったその国のその土地に住む人に勧められた食を
喜んでいただける口と胃袋とハートを持ち合わせた人間でありたい。
わが子たちを見ていて頼もしいのはカンボジアであろうと、韓国、台湾、
アメリカだろうと、どの国に連れて行っても未だ下痢嘔吐することなく
元気に何でも食べることである。
夫の教え子とわが子と過ごしたプノンペンでの時間。
いつものことだが、この数週間での学生の成長ぶりは眩しいぐらいに
新鮮なものだった。
なかにははじめての海外でカンボジアに来て調査に参加した学生も
いたが、そんな学生はまた一段と成長しているようにもおもえた。
日本での生活とはかなり違うであろうカンボジアでの日々を
毎年滞在最後の夕食の食卓で調査に参加する学生たちは自分の
言葉で「感想」として語ってくれる。
あたり前であると思っていたことがあたり前ではなかったことへの気付き。
自分に何ができるんだろうと模索しはじめたこと。
初のエントリーです。
おいしいハートの徳永です。
今、大阪は37.3℃です。猛暑ですね~
同僚のたくさんが事務所前の和菓子屋さんで、抹茶と、みぞれのかき氷を買ってくれました。
おいしいですよ~
みなさん、暑さに負けずがんばりしょう~
プノンペンでの休暇も今日で終わり。
19日からは通常の生活に戻ります。
もともと貧乏性なのでゆっくりと過ごす時間が長く続くと心身共にムズムズ
してきてじっとしていられなくなります。
仕事の事が頭から離れませ~ん!!
私にとって仕事は生きる意味そのもの。
子育も家庭ももちろん生きる意味そのものですが、
自分が何者であり、
何を通して社会に役立てるかを模索しているのが「仕事」です。
社会に役立つ・・・なんてとてもおこがましくて、そんなに簡単なことでは
ないはずです。
だから社会に役立つ為と言いながら、きっとそれは自分のためなのでしょうが、
それでも自分なりに納得できるような
社会に役立つ生き方を「仕事」を通して実現して死にたいと
いつも願っています。
それを、「夢」と表現する人もいますが、
私にとって「夢」はまた「仕事」です。
こんなことをしたい。
こんな社会にしたい。
そんな夢を仕事を通して実現できるように努力しています。
そんな人生を選択できる時代、国に生まれたことに感謝しなくては
いけません。
時代や国よっては「選択」さえできないのですから。
私の夢は、
一.食を通して未来ある子どもたちの幸せづくり
一.島根に住む頃から与えてもらった、昔から伝わる人生の知恵や
経験を次世代に伝えていくこと
それを具体的にするために
・素材のおいしさをいかした離乳食の開発と販売
・食に興味関心のない人にも食に対して興味をもって体験を通して
プノンペンでの夏季休暇パートⅢは「日本食育コミュニケーション協会」
の私のブログに掲載しました。
プノンペン市内を流れる“トンレサップ川”の様子をアップしました
よろしければご覧ください。
昨晩はカンボジアで共同調査をしている夫の教え子の学生と
プノンペン大学の学生、王立芸術大学の学生たちと一緒に
プノンペン市内に中華料理(クメール料理もありますが・・・)を食べに行きました。
食卓では英語とクメール語と日本語が飛び交っています。時にはジェスチャーを交えて賑やかな食卓です
外は雷が鳴り響き激しい雨が降っています。
ここプノンペンは雨季です。
その時期にその気候であることにちょっとホッとしています。
街なかにはフランスパンからスナック菓子、飲料までが移動式の屋台で売られています
普段離れていることが多い親子にとっては貴重な夏季休暇。
今回の休暇もカンボジアの首都プノンペンで家族と夫の教え子の学生たちと
一緒に過ごしています。
休暇と言っても仕事のことが頭から離れず・・・家族にはいつもの如く
「ごめんなさい」
と、何度も謝りながら
ペンとノートと本とパソコン、そして旅用の「和英辞書」と「国語辞典」は手放せません。
いつでもどこでもおもいついたらメモしておきたい。
日本にいるときはこんなふうにゆっくりと物事を考えたり、考えをまとめる時間がない
から。。。と言い訳をしながら、
やっぱり仕事をしています。
でも今回で6回目になるカンボジアでの休暇。
日本に居る時とは断然違う心身にゆとりがあるひとときです。
定宿のホテルのスタッフもトゥクトゥクの運転手さんも顔見知りばかり。
再会は握手を交わし、温かく迎えてくれることが何よりうれしい。
そんな現地の人たちのお陰で
休暇をリラックスした気分で過ごせそうです。
子どもたちと一緒に電車に乗っていたら突然隣に座った中年の男性から
話しかけられた。
「ぼく何年生?」「しっかり勉強しなさい」「ゲームよりも会話が大事。
お母さんやまわりの人たちとしっかりと話しをしなさい」,etc。
電車から降りるまでの時間ずっとその会話は続いた。
こんなことはあまり珍しくない。
とく息子と一緒にいるとき見知らぬ人に話しかけられることや
微笑みかけられることが、度々ある。
特にご年配の方から。
こんなご時世だから子どもが一人でいるときは見知らぬ人に
話しかけられても気軽に答えてはいけないと普段は言い聞かせているのだけれど、
それもどこかで胸が痛むわが子への忠告。
私が子ども頃なんてまわりの大人たちとの会話から人生にとって大事なことや、
人生の貴重な出会いをさせてもらった。
道端で偶然に出会った見知らぬ高齢のご婦人とは、その出会いをきっかけに
茶道を習い、ときには初恋の相談にまでのってもらった思い出さえある。
なんと心寂しい現代社会。
出来ることならわが子にもバッタリ偶然の出会いから、
人生のなかでたくさんの貴重な経験をしてもらいたい。
そんなことを、帰省した際に父に話したら
「最近、パパも小さい子どもを見かけると無償に愛おしいって言うか、
可愛くて仕方がないんだよな~。見知らぬ子どもでもついつい話しかけたり
微笑みかけたりして…。歳をとったのかな」
と話してくれた。
もしかしたら父も私と同じ立場の親にとっては警戒すべき人物になっている
場面があるのかもしれない。
けれど、父の言動が尊重される社会になることを願って止まない。